任意整理活用術と生活の知恵

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医学は死によって全敗であると知らされ、あきらめざるを得ないことを知りました」「人間の生涯の最期に近い三カ月、一カ月、一週間というものは、とにかく面会謝絶にさせて、あたふたと走り回ってありとあらゆる処置をし、心臓が止まったらまた徐細動をして、というようなことを繰り返して、それに対してなにも不思議に思わなかったのです。
人間は当然そうやって死んでいくのだ、と思っていたのです」目野原は明治四十四年生まれ、昭和十二年に京都帝大医学部を卒業、昭和十六年に聖路加国際病院内科医となる。
その後一貫して聖路加病院に籍を置く。
日本医師会最高優功貨やキリスト教文化功労者として表彰されるなど、医学界では影響力の大きい人物として知られている。
その日野原が、末期患者をどのように見ていたかを率直に語ったのがこの一節である。
日野原はアメリカやカナダ、それにヨーロッパ各国のホスピスを視察した。
昭和五十年前後からこの旅を始めたわけだが、そこでの実情が日本のホスピスとあまりにもかけはなれているのに驚いた。
そして「私たちのやっていた終末医療は、人間の最後をなんと惨めなものにしていたのだろう」と自省するようになったのである。
日野原はその自省を次のように書くのだ。
「たいていの人の人生は、その最後の三カ月、一カ月、一週間は、その人の最悪の状態でもっとも不幸ななかで残り少ない日を送っているのです。
私は四十年以上も死の臨床にはべってきていたくせに、患者のその状態を少しも惨めだというふうには考えなかったのです。
そして十年前から外国のホスピスを学ぶようになってから、日本の末期医療がひどくミゼラブルな状態だとわかったのです」重篤患者には、気管に管をいれる。
点滴注射を打ちつづけ、尿道に管をいれる。
患者が「苦しい」といえば、麻酔剤を打つ。
すると患者は眠りつづけるのだが、栄養剤はたっぷりと注射していく。
日野原は末期患者にこういう医療をくり返してきた。
このような医療によって、「考える人間でない人間」をつくってきたといい、「私たちの医療は人間を人間でないものにして、人生最悪の不幸のうちに終末にいたらしめていたといえましょう」と書いている。
日野原の行なってきた終末医療は、むろん日野原だけという意味ではない。
日本の終末医療は、これまで、そして現在もまだこのようなかたちでつづいている。
「それがあたりまえ」という意識である。
日本の医学教育にもとづいた終末医療とは結局このような硬直した医療しか生みだせなかったといってもいい。
そういう状況下で、日野原のような自省をもつ医師ともたない医師がいる。
尊厳死という医療は、こういう自省をもった医師によって真剣に真筆に行なわれるべきである。
もしわれわれが尊厳死を望むのなら、このような自省を出発点としている医師との出会いをさがす以外にないのだ。
近年になって、医師が社会的発言を意欲的に行なう風潮が生まれた。
彼らの著す吾が書店の店頭にも並ぶようになり、国民(悪者)の側も医学や医療の内部を具体的に知ることができるようになった。
そこには終末医療に関する著作も多い。
先の日野原につながる考え方の系譜を、そのタイプの著作からさぐってみよう。
大井玄著『終末期医療』という書にも、現在の日本での終末医療のあり方に対する疑問が網羅されている。
大井は昭和十年生まれ、東大医学部卒業後、ペンシルベニア大学ブラジエイド病院、東京都衛生研究所勤務などを経てハーバード大学公衆衛生大学院を修了し、東京大学医学部助教授のあと帝京大学医学部教授を務めている。
その経歴からいえば、アメリカ医学にもっとも精通している医学部教授の一人といえようか。
オピニオンリーダーの年代にもあたっている。
まず大井は、医学の進歩が患者に困惑を与え、そのために医師の側にとまどいが起こっている、という。
それが、医療現場の混乱につながっていて、その基本的な原因は「私の理解できる限りでは、日本の終末期医療において、医師と点者との間に率直な対話がなされることがなく、死に関する話がタブー視されているからである」といっている。
真筆な医師はこの混乱や困惑にどう対処していくべきか、悩んでいるのである。
各種の調査では、日本人は本音では終末期医療では苦痛をとりのぞいてもらい、自宅で安らかに死にたいと願っている。
だが今や大半の末期患者は病院で死んでいく。
自宅で死にたいという希望はほとんどといっていいほどかなえられない。
大井の先の書では、「日本人が『自分自身の死』を持てない基本的な理由は、医師が患者に真実を告げないからである」とも書いている。
医師は末期患者に対して、菩知をすることへのためらいをもっている。
このような態度の背景には、もし真実を告げたら患者は生きる自信を失ってしまうであろうという医師の「家父長的温情」と、患者が悲嘆した状態になったときに医療機関としてどのように対応すればいいのかわからないという「職業上の怖れ」がある。
医師が患者の心理をつかんでいるとの自信をもつのは当然だが、それは「この末期患者はこのようにあってほしい」という自らの希望と同義語である。
患者個人の心のヒダまではとうてい理解できないと思いたくないための心理といっていい。
末期患者の意思と異なる医療が現実に行なわれているのは、そのことを充分に物語っている。
大井によれば、この社会では「死の準備教育」が行なわれていない現状があり、まずは二の面の教育が行なわれるべきだと指摘する。
「患者を中心とした医療、正直な説明のできる医師・患者関係、患者の自己決定権の尊重」といった方向の実践である。
だがこれも現実の社会では、容易ではない。
大井は容易ではない理由として、用日本では未だ死へのタブーがきわめて強く残っていること、蘭文章で自らの意思を残すことに高齢者は慣れていないこと、伽入院患者について終末期の意識調査を行なうことは特に医療関係者の間で反撥が強いこと、時代と共に死の考えが変化する可能性のあること、といった点をあげている。
この指摘は、臨床医として医療現場の状況を体験したり、見聞したりしているがゆえに重みをもっている。
尊厳死を口でいうのはやさしいが、現実にそれを行なうには多くの越えなければならないハードルがあるということだ。
こうした現実的な局面を医療の側から示されると-しかも患者の権利を尊重する医療をと主張する医師から示されると、単に患者の権利というだけで尊厳死や安楽死を主張するのでは現実味を帯びてこないことがわかる。
やはり大井の言を引用することになるが、医学部学生や医師の教育を徹底させる必要があるといって、特に重要な二点をあげている。
医師と患者の関係では患者の自己決定権こそが根幹をなすという倫理的原理の確認である。
現在、日本の大学医学部のカリキュラムは、医師と患者の関係、患者の自律を尊重する姿勢、インフォームド・コンセント、終末期の医療についてはほとんどといっていいほど体系化されていない。
つまり旧来型の医師主導の医療の枠内にとどまっているのである。
患者への告知や告知を行なったあとのケアをいかに行なうべきかの訓練を積む必要があるということだ。
先に紹介した口野原は、ケアの実践活動である欧米のホスピスを見て、自らの医療観の手直しを迫られたと告白している。


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